コラム
特別受益② ~ 遺留分との複雑な関係について
前稿では、「特別受益」について具体的な例を挙げながら基礎的な部分を解説いたしました。
そこで今回は、発展的な部分として、「特別受益」と遺留分との関係について解説したいと思います。
1 特別受益の持戻し
前回のおさらいになりますが、「特別受益」とは、「“相続人の一部”が、被相続人から受け取った“特別な受益”」をいいます。
ここにいう“特別な受益”の具体例としては、遺贈、婚姻のための贈与、養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与(学費や住宅資金を含む)、生命保険(特別な事情がある場合のみ)等が挙げられます。
より正確には、①遺贈または婚姻もしくは生計の資本として贈与があったこと、②遺贈または贈与を受けた者が共同相続人であること、③被相続人が、遺贈や贈与について持戻しの免除の意思表示をしていないこと(民法903条)という法律上の要件を満たす必要があります。
ここでは、上記③にいう「持戻しの免除」について触れます。
これも前回のおさらいになりますが、そもそも特別受益の「持戻し」とは、具体的相続分の算定において、特別受益を算定に組み込むことをいいます。計算式としては、
「具体的相続分」=(「遺産総額」+「相続人全員の特別受益の総和」)×「当該相続人分の法定相続分または指定相続分」-「当該相続人の特別受益」
となり、下線を引いた部分において特別受益が考慮されています。
2 持戻しの対象期間
よくあるご相談の例として、「妹は大学に行かせてもらったのに、私は家業を継がなければならず、大学に行かせてもらえなかった。妹の学費はもちろん特別受益として算定されるべきですよね?」といったものがあります。
相続についてご相談にいらっしゃる中には、比較的ご高齢の方が多く、何十年もの前の恨み、つらみを込めて「兄弟の縁を切って、今日はご相談に参りました。」と言われる方も少なくありません。
では、具体的にどこまでさかのぼることができるのでしょうか?
先に結論から申し上げますと、持戻しが認められる期間に制限はありません。
よく間違われる方がいらっしゃいますので、条文を見ながら解説いたします。
まず、民法903条を見ますと、
第903条(特別受益者の相続分)
1 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。 2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。 3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。 4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。 |
となっており、ここには期間制限の定めはありません。
3 持戻しと遺留分算定
これに対し、遺留分の算定について定めた改正民法1043条、1044条を見ますと、
第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)
1 遺留分を算定するための財産の財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。 2 (省略) 第1044条 1 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。 2 (省略) 3 相続人に対する贈与についての第1項の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは、「価額(婚姻もしくは養子縁組または生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。 |
となっています。ここで注目すべきは第3項です。「価額(婚姻もしくは養子縁組または生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」のカッコ内は、特別受益を意味しています。そして、読み換えた後の条文は、
贈与は、相続開始前の「10年」間にしたものに限り、前条〔1033条〕の規定によりその「価額(婚姻もしくは養子縁組または生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って贈与をしたときは、「10年」前の日より前にしたものについても、同様とする。 |
となり、遺留分算定に当たり、特別受益の持戻しは、原則として相続開始前の10年前に限られ、例外として遺留分権利者に損害を与えることを知って贈与したときは10年よりも前までさかのぼることができるものとされました。
以上をまとめますと、
① 具体的相続分を算定するための特別受益については、持戻し期間に制限はない。
② 遺留分を算定するための特別受益については、相続開始前10年以内に限られる。
③ ②の例外として、当事者双方(贈与者と受贈者)が遺留分権利者に損害を与えることを知って贈与したときは、10年以上前にさかのぼることができる。
となります。
4 持戻し免除の意思表示
以上、特別受益の持戻しについて触れましたが、この「持戻し」についても例外があります。
その例外が「持戻し免除」です。特別受益の持戻し免除とは、その字のとおり、特別受益の持戻しをさせないことを意味します。
つまり、具体的相続分の算定において、持戻し計算をせず、「具体的相続分=遺産総額×当該相続人の法定相続分または指定相続分」という本来的な算定のみで足りるようにするものです。
ここで、「持戻し免除」に関連した改正として、民法903条4項が挙げられます。条文を見てみましょう。
第903条
4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。 |
この規定は、残された配偶者の長年の貢献に報い、その老後の生活を保障する趣旨で規定されたとされており、婚姻期間が20年以上の夫婦が居住用不動産を他方に贈与や遺贈した場合には、持戻し免除の意思表示が推定されます。
この場合、「被相続人は持戻し免除を有していなかった」と主張する者が、主張・立証責任を負うことになります。
5 持戻し免除と遺留分の関係
ここで注意したいのが、持戻し免除があった場合でも遺留分侵害額請求はできるということです。
遺留分の対義語は自由分であり、遺留分制度の趣旨は、自由分と遺留分の矛盾衝突を調整し、遺留分権利者に対して最低限の取り分を保障することによって共同相続人間の実質的公平を確保する点にあります。
つまり、持戻し免除があったとしても、遺留分権利者の最低限の取り分は保障されなければなりませんので、遺留分は奪われることはなく、遺留分侵害額請求は持戻し免除に優先する、という帰結が導かれます。
6 まとめ
以上、特別受益と遺留分の関係について概観しました。
改正もからみ、かなり難しいところとなっていますので、一度専門家の目を通して、自己の相続分や遺留分について判断してもらうことをお勧めいたします。
令和3年4月15日
弁護士法人東海総合
弁護士 小山 洋史
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