コラム
第5章 将来生じる相続についての検討ーその2
3 遺言書の内容と生前贈与の方法に関する若干例
① 法律上の子でない子に相続させる方法
ⅰ) 認知する方法
A 法律的な親子関係を成立させて相続権を与える方法があります。そのために認知することが必要です。
親から認知する方法は、
・ 生前認知(届出による認知の方法です。)
・ 遺言認知(遺言による認知の方法です。)
があります。(なお、これ以外に子供から認知を請求する方法もあります。)
注意する点は、
・ 生前認知であろうと遺言認知であろうと、認知するといっても、子供が成年の場合は子の承諾が必要になります。
・ 遺言認知の場合は、遺言執行者が必要となりますので、遺言で遺言執行者を指定しておくか、遺言執行者を選任する必要があります。
B 認知した上で遺言で財産を取得させる旨記載しておくといいでしょう。
* 認知とは
法律上の婚姻関係にない男女間において生まれた子について、意思表示または裁判により親子関係を発生させる制度のことです。
ⅱ) 生前の贈与、相続人以外への遺贈
認知せずに、遺言で財産を取得させ、あるいは、生前に贈与して財産を取得させる方法がありますが、相続人の中には、遺留分を有する人がありますので、注意して下さい。
ⅲ) 相続税、贈与税等の検討
A 認知しない場合は、基礎控除の計算上不利益がある等相続税の計算にも影響がありますので、詳しくは相続税についてを参照下さい。
B 贈与税については、相続税と密接な関係(相続開始前3年以内の贈与については、相続税の計算上、持ち戻して計算が必要等)があり、贈与税についての単独の説明は誤解を生じますので、当事務所にご相談下さい。
C 不動産の登記手続のために納付する登録免許税も遺言書の記載等により異なる場合がありますので、当事務所にご相談下さい。
② 相続人の一部または全員に財産を取得させず、あるいは、相続人の取得分を減らす方法
ⅰ) 廃除
被相続人に対して、虐待したり、重大な侮辱をしたり、その他の著しい非行をした場合に遺留分を有する推定相続人を相続人から除外することを廃除といいます。
廃除の方法は、
・ 被相続人が自ら家庭裁判所に手続を行う方法
・ 遺言に廃除する旨記載した場合に、遺言執行者が家庭裁判所に請求する方法
の二つ方法があります。
いずれの場合も、家庭裁判所が判断することになりますので、必ず廃除されるわけではありませんし、一旦廃除されても、改悛した場合などの理由により、家庭裁判所に廃除の取消を求めることもできます。
また、廃除された相続人に子(被相続人からみて孫)がある場合は、その子(被相続人からみて孫)が代襲相続権を失うわけではありませんので、この点も注意が必要です。
ⅱ) 生前の贈与、相続人以外への遺贈
生前の贈与、相続人以外への遺贈することにより、相続人が相続する財産をなくしてしまうという方法があります。
しかし、相続人の中には、遺留分を有する人がありますので、注意して下さい。
ⅲ) 生前の遺留分放棄
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分があり、遺言や贈与である人に財産を取得させようとしても、すべてが必ずしも認められるわけではありません。
原則として、遺留分権利者たる相続人は、相続開始前に、遺留分を放棄することはできませんが、例外として、家庭裁判所の許可の審判があれば、放棄することができます。
従って、ある相続人Aさんに全財産を相続させる内容の遺言書を作成するとともに、生前に遺言で財産を取得させない他の相続人Bさんに遺留分程度以上の財産を贈与する代わりにその相続人Bさんに家庭裁判所の許可の審判を受けてもらうという方法があります。これには、相続開始後の紛争を避けることもできますし、事業等を円滑に承継させることもできます。
以下に簡単に生前の遺留分放棄の概略を記載しておきますのでご参照下さい。
〔許可の申立権者〕
家庭裁判所に許可の申立をできるのは、原則として第一順位の推定相続人です。
〔放棄の内容について〕
包括的な遺留分権の全部または一部でも、特定の贈与や遺贈に対する特定の遺留分減殺請求権でも放棄が可能です。
〔許可の基準〕
家庭裁判所の許可にあたっては、遺留分権利者たる相続人の自由な意思によるものであるか、合理的な理由があるか、放棄と引き換えに代償を受けているかなどが考慮されます。
〔注意点〕
・ 事情の変更により許可取消も可能ですので注意が必要です。
・ また、生前の遺留分放棄は、相続の放棄とは異なりますので、財産は相続しないのに債務は相続するという事態が生じることともなりますので債務を相続しないためには別途相続放棄の手続が必要になりますし、家庭裁判所が許可の審判をしても、他の人の遺留分が増えるわけでもありませんし、次順位の相続人に影響が生じるわけでもありません。
ただ代襲相続人(祖父が死亡した場合の孫で、その孫の父が、祖父の相続について生前の遺留分放棄の許可の審判を受けていた場合)は、被代襲者(孫の父)の相続権以上の権利を取得しませんので遺留分はないことになります。
ⅳ) 相続開始後の遺留分放棄
相続開始後に遺留分を放棄するかどうかは、遺留分権者たる相続人の自由で、家庭裁判所の手続も必要ありません。
相続開始後の遺留分の放棄は、遺留分権者たる相続人の自由ですので、遺言書に記載しても法的な効果はありません。
しかし、放棄を希望する場合は、相続人の方の理解が得られる場合もあるので、遺言者の思いとして、放棄の希望とか事情等を遺言書に記載しておくといいでしょう。
③ 相続順位の想定と予備的な相続順位の記載
遺言は、死亡する順番をある程度想定して行う必要がありあますが、実際には死亡する順番はわからないものです。
そこで、順番が違ったときを想定して、「AよりBが先に死亡していたとき」とか、「遺言者より先にAが死亡していたとき」というように、遺言書の内容によっては、予備的な内容を遺言書に追加する方法も検討したほうがいいでしょう。
④ 債務を相続する者の指定
相続する債務を負担する者を遺言で指定することはできます。
しかし、指定したからといって債権者には対抗できません。つまり、債権者に対する関係では債務を各相続人が法定相続分で相続するので、例えば債権者に対して「遺言で債務を負担するのは兄と指定されているから私は支払わない。」とはいえないので注意が必要です。
⑤ 配偶者や子の生活を確保する方法~負担付遺贈
単に配偶者や子に財産を取得させる内容ではなく、遺言者や親族の扶養費用を支払わせるなどの給付義務も同時に負わせる内容の遺贈をすることもできます。このような負担をさせる遺贈を負担付遺贈といって、相続開始後の配偶者や子の生活を確保するためにも利用できます。
⑥ 配偶者の住まいを確保する方法
遺言で配偶者居住権を設定することができます。遺言書の記載方法は、場合に応じて検討する必要がありますので、当事務所にご相談下さい。
4 財産の管理・運用・処分について
財産の管理や運用処分、老後や相続について心配をしておられる方も多いとか思います。
事業や会社を経営している方は、事業や会社のことも考えなければならないでしょうし、ご両親やお子様のことも考えなくてはならない方も多いでしょう。
例えば、不動産の賃貸や売買等の処分、株式や投資信託、先物取引等のリスクの高い金融商品に関する取引、これらに関するトラブルやその予防等、心配事は尽きないと思います。
これらは、個別の案件ごとに検討する必要があり、一概にこうすべきといえるものはありません。
誤解をおそれずに、一般論として、相続が生じる前にすべきことを申し上げますと、以下のようとおりです。
① 財産の正確な把握
まず、各財産の現状を正確に把握することが必要です。
ⅰ) 財産目録の作成
頭の中でわかっていても、人にはわかりませんし、自分の正確な把握のためにも財産目録を作成したほうがいいでしょう。
ⅱ) 把握すべき事項の例
〔土地・建物の不動産〕
名 義 : 登記名義と固定資産評価証明書上の名義
種 類 : 宅地、農地、山林、道路、池、居住用、倉庫、車庫、工場、事務所等の別(現況、登記の表示、固定資産評価証明書上の表示との異同)
面積・形状・構造: 現況、登記の表示、固定資産評価証明書上の表示との異同
取得価格と現在の時価及び各種評価額
利用方法 : 遊休地か利用しているか、居住用か事業用か、自宅かそれ以外か、貸地か貸家かまたは借地か借家か及びその目的は、どのような建物が建っているか、誰がどういう理由でどのように使っているか、その利用範囲は、これらの現状と契約等の法的根拠は、契約と現状が一致しているか
権利関係 : 貸借関係等の利用関係や抵当権設定等の担保権、差押の有無やその内容
境 界 : 土地の場合については、境界は明確か、境界杭はあるか、現状の利用状況と一致しているか争いがないか、
費用と収益: 固定資産税や都市計画税、修理費用等の維持費、収益
借入金や税金と将来の見通等
〔預 貯 金〕
名義、金融機関名(郵便貯金、銀行名、支店名)、種類(当座預金、普通預金、定期預金、定期積金等)、口座番号、金額、満期日、利率、税金
〔株 式〕
名義、銘柄、株数、取得額、現在評価額、非上場株式の場合は評価する資料の有無、名義書換の有無、各種手数料や費用、税金
〔負 債〕
借入先、借入日、借入額、利率、保証人の有無と内容、担保物権の有無と内容(現在の状況と将来の見通及び評価額とその予測)、質権の有無と内容、弁済日、弁済額、現在の残額と将来の残額予測、弁済のための資金繰、その他債務の種類と内容等
〔事業者の場合〕
詳細な現状の把握と予測
〔税 金〕
現在の税金の負担と及び将来の税金の予測と試算
② 財産の管理・運用と処分
財産の正確な把握をした後、現在の財産状況に問題がある場合はこれを解決する必要があるでしょうし、将来的に財産をどのようにしたいか、どのように管理し運用するのか、債務の弁済等をどうして行っていくのか、それらの場合に生じる税金の支払はどうするかなど、検討することは、ケースごとによって異なり、多種多様です。
例えば、不動産について、ほんの一例を挙げますと
・ 権利関係は明確か、登記名義と実際の権利関係が一致しているか
・ 登記上の面積などの表示と実際が一致しているか
・ 土地の境界は明確で紛争を生じるおそれはないか
・ 不動産の利用状況を現地に赴いて直接定期的に確認しているか
・ 不動産を現在使用している方がある場合、その人との権利関係~契約内容は明確になっているか、紛争を生じる可能性はないか
・ 賃貸している場合、賃貸関係は明確になっているか、賃料は適正か、賃料が現在途絶えてないか、将来途絶えることはないか、収益率はどうか、賃貸関係を解消したり、改めたりする必要はないか、税金はどれくらいで、どのようにして納めるか
・ 近隣との関係は問題がないか
・ 固定資産税や都市計画税は適正か
・ 遊休不動産について利用を考えなくていいか、あるいは利用している不動産の利用方法を再検討する必要なないか
・ 不動産を売買する場合、どのような時期に、どのような価格で、どのような条件で売買するか、その費用はどれほどか
・ 不動産を買い受ける場合、当該不動産を買い受けて危険はないか、売買代金の資金調達方法とその弁済方法は
・ 不動産を売却する場合、どのような危険と負担があるか、代金をどのように運用するか、税金をどのくらい、どのように納めるか
・ 設定してある担保権はどの債務について設定してあるのか、いつまで存続するのか、あるいはすでに消滅していないか、正確に把握しているか、これらに関する書類はすべてそろっているか
・ その他、地上権とか地役権等という土地を利用する権利が設定されていないか
などです。
何もせず、長年放置したままという方は意外に多くおられると思いますが、場合によっては時期に遅れて取り返しのつかなくなるケースもあります。
まだ一度も検討されたことがない方や、一度検討された方も、そのときの経済情勢や法律、税金にあわせて修正を加える必要があります。
お気軽に当事務所までご相談下さい。
③ 意思能力の問題 ~ 後見人、保佐人、補助者の選任と任意後見契約
財産の管理運用について、検討しておかなければならないのは、意思能力(誤解をおそれずに簡単に言うと、売買契約や賃貸借契約を締結したり、借入をしたりという法律的な行為ができる能力です。)の問題です。
現在意思能力に問題がある場合や将来的に意思能力が欠けた場合のことを考えて対策を考える必要があります。
全く意思能力が欠けると、財産の維持や本人の生活や治療のためであっても、資産売却や借入、賃貸や賃借さえできず、医療費も生活費も調達できないといった場合も想定されます。
配偶者や子もいないという方は、特に将来のことを考えて、しっかりとした準備をしておくことが必要だと思います。
現在すでに意思能力が十分でない場合は、後見人、保佐人、補助者の選任をする必要がありますし、将来のことを考える場合には、任意後見契約や財産管理契約を締結したりすることを検討すべきでしょう。
そのためには税金の支払計画も含め将来的な資産運用をあわせて検討する必要があります。
個別のケースによって異なりますので、詳しくは当事務所までご相談下さい。
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