
コラム
相続法改正による配偶者保護⑷~配偶者居住権(その2)
前回コラムに引き続き、配偶者居住権の要件と効果、そして配偶者居住権を活用した相続税対策についてお話します。
1 配偶者居住権の要件
配偶者居住権が認められるためには,以下の要件を満たすことが必要です。
⑴ 被相続人の配偶者であること(1028条1項本文)
⑵ 相続開始時に被相続人所有の建物に居住していたこと(本文)
⑶ 被相続人が居住建物を配偶者以外の者と共有していないこと(ただし書)
⑷ 居住建物について配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割(1号)または遺贈(2号)もしくは死因贈与(2号,554条)
2 配偶者居住権の効果
⑴ 使用収益権
配偶者居住権を取得すると,配偶者は居住建物の全部について使用・収益する権利が認められます(1028条1項本文)。
この使用収益権は,原則として配偶者の存命中とされていますが,遺産分割や遺言,家庭裁判所の審判において別段の定めがなされた場合には,より短い期間を設定することができます(1030条)。
⑵ 譲渡禁止
配偶者居住権は譲渡することができません(1032条2項)。
介護施設への入所など居住の必要がなくなった場合には,配偶者居住権を放棄する代わりに建物所有権から対価を取得する旨の合意をするか,所有者の承諾を得て第三者に居住建物の使用収益をさせる方法があります(1032条3項)。
3 税金対策
配偶者居住権は相続税対策として活用されることもあります。
以下の事例は、おおよそで税額を算定していますので、悪しからずご了承ください。
⑴ 事例
夫Aが亡くなり、その妻Bと長男Cが遺産分割について相談にいらっしゃいました。
妻Bは亡夫A名義の建物に居住しており、長男Cは自己名義のマンションに居住しています。
遺産としては、亡夫A名義の居住建物(1000万円)、敷地(3000万円)、預貯金が5000万円あります。
妻Bと長男Cは、それぞれ仲良く2分の1ずつ相続することを希望されていました。
⑵ 配偶者居住権を設定しなかった場合
それぞれの相続税評価額を概算すると、以下のとおりになります。
Bの相続税評価額 | Cの相続税評価額 | |
① 居住建物(1000万円) | 500万円 | 500万円 |
② 敷地(3000万円) | 500万円(※) | 2500万円 |
③ 預貯金(5000万円) | 2500万円 | 2500万円 |
④ 合計額 | 3500万円 | 5500万円 |
⑤ 納税額 | 0円(配偶者税額軽減) | 378万円(≒380万円) |
※小規模宅地等の減額特例:2500万円-(2500万円×80%)= 500万円
①~③の合計9000万円から基礎控除額4200万円を引いた、4800万円が課税対象となり、これをもとに相続税を算出すると、以下のとおりになります。
B:約240万円 → 0円(配偶者の税額軽減)
C:約380万円
その後、妻Bも亡くなり、その財産は長男Cが相続することになりました。
妻Bの相続時には、コツコツ年金を貯めていたおかげで預貯金が3000万円まで増えていました。
(妻Bの遺産)
① 居住建物 500万円 |
② 敷地 2500万円(※) |
③ 預貯金 3000万円 |
※小規模宅地等の減額特例なし
これをもとに相続税を算出すると、課税対象額は2400万円(=居住建物500万円+敷地2500万円+預貯金3000万円-基礎控除額3600万円)、納税額は約310万円となります。
第1相続と第2相続を合計すると、長男Cは約690万円(=第1相続380万円+第2相続310万円)の相続税を納めることになります。
⑶ 配偶者居住権を設定した場合
第1相続で、妻Bが配偶者居住権930万円を相続し、長男Cが建物所有権70万円(=1000万円-配偶者居住権930万円)と敷地所有権5000万円を相続したとします。
Bの相続税評価額 | Cの相続税評価額 | |
① 居住建物(1000万円) | 930万円(配偶者居住権) | 70万円(所有権) |
② 敷地(5000万円) | 2230万円(敷地利用権※1) | 2770万円(所有権※2) |
③ 預貯金(5000万円) | 2500万円 | 2500万円 |
④ 合計額 | 5660万円 | 5340万円 |
⑤ 納税額 | 0円(配偶者税額軽減) | 379万円(≒380万円) |
※1 配偶者居住権に基づく敷地利用権
:5000万円-5000万円×0.554(複利現価率〔20年分〕)= 2230万円
※2 敷地所有権5000万円-上記敷地利用権2230万円= 2770万円
この場合における長男Cの納税額は、約380万円となります。
その後、第2次相続が発生しますが、妻Bの配偶者居住権はBの死亡によって消滅しますので、長男Cに相続されることはありません。この場合も、妻Bが預貯金を3000万円まで増やしていたとすると、
(妻Bの遺産)
① 居住建物 0円(配偶者居住権の消滅) |
② 敷地 0円 |
③ 預貯金 3000万円 |
この場合、課税対象額:3000万円 < 基礎控除額:3600万円となりますので、長男Cの納税額は0円となります。
以上より、第1相続において配偶者居住権を設定した場合、長男Cの納付税額は約380万円のみとなります。
このように配偶者居住権は一定の節税効果も期待されています。
4 まとめ
以上、配偶者居住権の要件と効果、そして相続税対策について概観してまいりました。
相続税の計算については各事例によって対策は異なりますので、必ず税理士に相談されてください。
弊所には弁護士のみならず、税理士も所属しております。相続税対策を含めた総合的な相談を希望されている方は、ぜひ一度ご連絡ください。
令和2年10月27日
弁護士法人東海総合
弁護士 小山 洋史
その他のコラム
日本経済新聞 事業継承M&A 弁護士50選

親族以外への継承も有力な選択肢となる。 事業承継Ⅿ&A 弁護士50選 相続にも事業継承に纏わる問題が起きてきますが、「継世代と考える成功戦略」としてご紹介されております。 相続に関する問題などお気軽にご相談ください。 お問い合わせはこちらから ...
第5章 将来生じる相続についての検討ーその2

3 遺言書の内容と生前贈与の方法に関する若干例 ① 法律上の子でない子に相続させる方法 ⅰ) 認知する方法 A 法律的な親子関係を成立させて相続権を与える方法があります。そのために認知することが必要です。 親から認知する方法は、 ・ 生前認知(届出による認知の方法です。) ・ 遺言認知(遺言による認知の方法です。) があります。(なお、これ以外に子供から認知を請求する方法もあります。) 注意する点は...
『相続法の改正によって図られた配偶者保護とは?①~総論』
2018年7月1日より施行されました改正相続法において,「配偶者の保護」が図られることとなりました。 そこで,本稿では「配偶者の保護」,より正確には「配偶者の死亡により残された他方配偶者の保護」について,どのような改正がなれたのかを概観していきたいと思います。 1 配偶者短期居住権(1037条以下) まず,「配偶者短期居住権」というものが新設されまし...
第5章 将来生じる相続についての検討ーその1

1 贈与についての注意点 相続が開始する前の生前に、財産を贈与して、相続人間の紛争を予め回避したり、相続税を軽減したりする方法が考えられます。 贈与に関する注意点は以下のとおりです。ご参考下さい。 ⅰ) 贈与は、贈与する人と贈与を受ける人との契約ですので、遺言と異なり、一方的に行うことはできません。 ⅱ) また、書面で契約しない贈与は、贈与の目的物を引き渡すなど贈与契約の履行が終了するまでは、いつでも撤回できますので(...
遺贈と相続放棄
先日、遺贈を受けたが放棄したいというご相談を受けました。そこで、頭の整理もかねて「遺贈と相続放棄との関係」について解説したいと思います。 1 相談内容(仮想事例) この度、私の父が遺言書を残して亡くなりましたが、その中に「先祖代々の土地一筆を長男の息子(孫)に遺贈し、その余の財産は次男に包括して遺贈する」と書いてありました。 私は長男に当たりますが、...