コラム
特別受益① ~ 兄弟は他人の始まり
遺産分割でよくある相談の一つに「特別受益」があります。
例えば、「妹は大学に行かせてもらったのに、自分は高卒で家業を継がなければならなかった。妹の学費分は遺産から引けませんか?」といったような相談が数多く寄せられ、しかも「きょうだいの縁を切って、今日は相談に来ました。」という方も少なくありません。
そこで、本稿では、特別受益の概要と、どのような場合に特別受益が考慮されるのか、といった点について解説していきます。
1 特別受益とは
特別受益とは、「“相続人の一部”が、被相続人から受け取った“特別な受益”」を指し、そのなかでも「一部」かつ「特別」という部分が中核となります。
相続は「一定のルールに則って公平」であることが求められます。しかし、一部の相続人だけが特別な利益を受けたまま遺産分割を行うと、相続分に偏りが生じてしまい、不公平な結果となってしまいます。
そこで、民法は、上記にいう「特別な利益」を「特別受益」として相続財産に含め、その上で遺産分割を行うことで、不公平を解消しようとしました。
このように、特別受益を考慮したうえで遺産分割の計算を行うことを「特別受益の持戻し」と呼びます。民法では、903条1項に規定されています。
第903条
1 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。 |
条文にあるように「算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」という計算が必要になります。具体的には、次のとおりの計算式となります。
「具体的相続分」=(「遺産総額」+「相続人全員の特別受益の総和」)×「当該相続分人の法定相続分又は指定相続分」-当該相続人の特別受益
例えば、被相続人が夫、相続人が妻と子1人(長男)であるとして、相続財産が9000万円、長男が夫の生前に留学費用(特別受益)として1000万円を受け取っていたとします。
まずは、特別受益を持ち戻します。その結果得られた相続財産を「みなし相続財産」といいます。
○みなし相続財産:9000万円+1000万円=1億円
次に、各相続人の具体的相続分を算出します。
妻は、上記で得られた「みなし相続財産」に法定相続分をそのまま掛けます。
○妻:1億円×2分の1=5000万円
子(長男)は、「みなし相続財産」に法定相続分を掛けて、さらに受け取った特別受益を引きます。
○子(長男):1億円×2分の1-1000万円=4000万円
このような計算により、民法上、相続人間の公平が保たれているのです。
2 特別受益の要件
特別受益は、以下のような要件で成立します。
○特別受益の成立要件
・遺贈または婚姻もしくは生計の資本として贈与があったこと
・遺贈または贈与を受けたのが共同相続人であること
・被相続人が、遺贈や贈与について、持戻し免除の意思表示をしていないこと(民法903条3項)
3 特別受益を請求する流れ
特別受益は、以下のような流れで請求します。
⑴ 特別受益に関する証拠集め
金融機関の残高証明や取引履歴など、特別受益があったことを証明できるように資料を集めます。例えば、次のような資料があるとよいでしょう。
【贈与財産が金銭の場合】預貯金通帳、振込明細書、振込依頼書
【贈与財産が不動産の場合】全部事項証明書(登記簿謄本)
【贈与の合意の存在】合意書、被相続人が作成した日記、メモ、手紙、メールなど
⑵ 遺産分割協議
特別受益分を考慮した遺産分割計画、つまり持戻し分を控除して各相続人の具体的相続分を計算し、それに基づいて協議を行います。
⑶ 遺産分割協議書の作成
協議に基づいて各相続人の具体的相続分を計算し、遺産分割協議書に反映させます。
4 特別受益の対象になるもの
特別受益がある相続では、「何を特別受益とみなすか」で各相続人の取り分が大きく変わります。そのため、特別受益の対象と把握することは非常に重要な作業となってきますので、以下の事項を頭に入れておきましょう。
⑴ 遺贈
遺言書によって財産を渡すことを「遺贈」といい、遺贈によって受け取った財産は「全て特別受益の対象」となります。特別受益が遺贈による場合は、遺言書がある以上、主張・立証について問題は生じないでしょう。
⑵ 婚姻のための贈与
婚姻時の持参金や嫁入り道具などを受け取った場合も特別受益の対象となります。
ただし、「結納金」や「結婚式、披露宴の費用」は特別受益とみなされないことが多いです。これらは「一般的に親が負担するもの」と考えられていたことが原因とされています。
つまり、時代背景の問題であり、現在は本人同士が結婚費用などを負担することも珍しくありませんので、場合によっては特別受益とみなされることもあります。
⑶ 養子縁組のための贈与
養子縁組の際、生みの親が「持参金」のようなものを相手方(育ての親になる者)に贈与する場合は、特別受益の対象となります。
⑷ 生計の資本としての贈与(学費や住宅資金を含む)
生計の資本としての贈与には、次のようなものが含まれます。
・事業を始めるための開業資金
・住宅を購入するための住宅資金
・居住用の不動産
・高等教育機関(大学や大学院、留学費用など)の学費
・その他、扶養の範囲を超える金銭援助
ちなみに、お小遣いや高校までの授業料など、親族間の扶養的金銭援助を超えないものは、特別受益に含まれないとされています。
また、学費や住宅資金については「親の資力」や「他の相続人との比較」の観点が重要となりますので、個別の判断が必要になるケースが多いです。
例えば、長女は公立の短期大学に進学したが、長男は私立の医学部に入学したような場合には、高校卒業以降の学費に大きな差が生じます。
このように相続人間で著しい差があれば、「長男の特別受益」とみなされる可能性もあり、傾向としてはやはり大学以降の学費が問題になりがちです。
住宅資金についても同様で、単なる別世帯への援助なのか、二世代同居や介護があったかどうかなどを総合的に判断し、特別受益に当たるかどうかを判断します。
⑸ 生命保険(特別な事情がある場合のみ)
生命保険金は、原則として特別受益としてみなされません。なぜなら、通常、生命保険金は保険料支払いの対価として相続財産に含まれず、また「生計の資本」でもないからです。
しかし、相続財産に匹敵するような高額の生命保険金を相続人の1人が丸ごと受け取ってしまうようなケースでは、相続人同士に著しい不公平が生じるとして、特別受益の対象とみなされる余地があります。
一方、たとえ高額であっても、生命保険金を受け取った相続人が、被相続人と同居しながら長年にわたって献身的に介護を行った場合などは、特別受益とみなされずにそのまま受け取る可能性もあるでしょう。
つまり、遺産相続に対する生命保険金の比率、被相続人との関係、生活実態などといったさまざまな事情を総合考慮して判断が下されるわけですが、非常にデリケートかつ判断が難しいところですから、専門家のサポートを受けるべきでしょう。
5 まとめ
以上、特別受益について概観してまいりました。
特別受益は判断が難しいケースが多く、また相続人間の感情が複雑に絡み合うのが常ですので、特に学費や住宅資金については、さまざまな事情を考慮したうえで、誰もが納得のいく計算を行わなくてはなりません。
そのため、弁護士の経験やノウハウが大いに役立つ分野でもありますから、トラブルに発展する前に、ぜひ弁護士に相談してみてください。
次稿では、相続法改正を踏まえ、持戻し免除と遺留分侵害額請求と関連する規定について概観する予定です。
令和3年3月25日
弁護士法人東海総合
弁護士 小山 洋史
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